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2007年02月14日

お笑い芸人


アイドル・フォー

 前村明、藤井節、山田マサ、大月純が結成したコミックバンド。リーダーは前村明。当時のドリフターズよりも演芸場の香りが漂うバンドであった。芸風そのものより、「天才バカボン」の主題歌のほうが圧倒的に知れ渡っている。解散後メンバーだった山田マサは、ジャイアント吉田とシンフォニックマッドに加入。

あおきあい
 大久保怜門下。清楚な雰囲気で、美空ひばりをはじめ女性歌手のものまねが多い。昭和53年10月に青木藍から改名した。またものまねの他に腹話術も得意とする。現在も東京の演芸場で活躍している。


青木さやか
 元々、LF+Rウォッチャーとして、BSフジ「LF+R Music TVヤングライブニッポン」に、ちょい役として出演していたが、いつの間にか月曜レギュラーになっていた。以前、「温泉こんにゃくアクロバットショー」という団体に所属していたことがある。歯切れの良いしゃべりで強い存在感があり、現在の女性ピン芸人の中ではトップクラス。NTV「エンタの神様」をはじめ、バラエティ番組への出演が増えている。ネタはシチュエーションコント。様々な職業になりきってその人物のストーリーを演じ、さらにどんなキャラクターでも必ず毒舌を吐くことにある。真顔でさらりと毒を吐くところに笑いのポイントがある。デパートの面接に落ちた女性が自宅のマンションでエレベーターガールを趣味でやっているというちょっと哀愁漂うエレベーターガールを熱演している"公団住宅のエレベーターガール"は秀逸。ただ、ネタの展開・構成はどのキャラクターでも同じで、飽きられてしまう危険性がある。


青木チャンス
 漫談家・司会者。宮城けんじの内弟子として昭和47年より4年間芸を磨く。年期があけてからは昭和52年に青木チャンス・斎藤チャンスで漫才のWチャンスを結成、58年にコンビ解消、その後、松竹演芸場、浅草ゴロゴロ会館の専属司会者として、寄席ライブなどに出演、独自の芸風を作り上げる。現在は国立演芸場、歌謡ショーの司会、抽選会、カラオケ大会、オークションから婚礼、葬儀にいたるまで、あらゆる場面に適応したおしゃべりと独得のキャラクターが好評で幅広く活動している。


青芝フック・キック

 漫画トリオ解散後の横山フックが青芝フックと改名し、赤井タンクと漫才を始める。その後、当時舞台役者として活動していた高校の4年後輩の山口忠郎とコンビを組み、青芝フック・キックとして漫才を続ける。漫画トリオ時代のスタンスを継承した「ニュース寄席」は"漫才に風刺を"の合い言葉でユニークな漫才を見せていたが、キックの引退により4年前に解散。フックは現在、大阪のラジオやTVの競馬中継でパーソナリティーとして活躍中。

青芝金太・紋太

 青芝フックの弟子。テンポがよく「ひがみ漫才」をウリとしたネタで、お笑いスター誕生10週勝ち抜きチャンピオンとなりブレイクをする。しかしそこをピークとして、下降線をたどりコンビ解散となる。紋太は青芝モンタと改名し師匠の青芝フックとコンビの後、現在はゼンジー一億と”モンタ&一億”のコンビで活躍している。

青芝金之助・銀之助

 松竹芸能養成所漫才教室の出身。そこで講師をしていた青芝フックに入門した兄弟コンビ。兄である銀之助はアルバイトをしながら漫才の修行に励んだが、残念ながら会社員の道を選びお笑いの世界から引退してコンビを解消した。弟の金之助は青芝金太と改名して青芝紋太とコンビを組んで再出発した。


青芝まさお・あきら

 昭和51年龍谷大卒業と同時に落語研究会で同窓の二人がコンビを結成して青芝フックに入門。落研出身のため落後的センスな漫才を展開し、結成1年足らずでNHK上方漫才コンテストで優秀努力賞を獲得、昭和53年には上方漫才大賞の新人賞を獲得するなど若手漫才のホープと期待されながら、昭和54年コンビを解消した。あと1年辛抱すれば漫才ブームの波に乗ることもできたのに、とても惜しい限りであった。



青芝幸之助・福之助

 大阪商大附属高校を卒業した同級生コンビ。松竹芸能養成所漫才教室へ通い、昭和48年青芝フックに入門。「コーヒー」「ジュース」などの言葉を反対にひっくり返すやりとりのネタを得意とするなど他の若手と違ってしゃべくりだけの漫才を志して大いに活躍を期待されたが、昭和51年コンビを解消。幸之助引退直後に2代目幸之助との新コンビで再スタートしたが1年しか持たず、結局コンビ解消して両者ともにお笑い界から引退した。


青島幸男

 原点は放送作家。学生時代に書いた漫才の台本がウケたのをきっかけに放送作家の道へ。「おとなの漫画」「シャボン玉ホリデー」でのコントは秀逸。さらに「スーダラ節」「ハイ、それまでよ」と大ヒット曲の作詞をしたかと思えば飽きたらず、自らコントに登場して「青島だァ」の流行語を生み、また「意地悪ばあさん」として主役を演じてしまった。昭和43年、参議院選挙全国区(現:比例区)に出馬し圧倒的知名度で当選。国会議員としても舌鋒鋭く政界を斬りまくり、さらに「人間万事塞翁が丙午」で直木賞作家となる。平成7年には無党派層を取り込み、東京都知事を1期だけ務める。その後タレント活動に専念するが、平成16年参議院選挙に出馬するも落選し、政界引退を表明した。


青空うれし・たのし

 漫才師。"青春コンビ"のキャッチフレーズで売り出す。漫才の印象は全くないが、青空うれしは「ウイークエンダー」のレポーターとしての活躍が目立っていた。コンビ20年目で解散し、それぞれ現在漫談や司会で活躍。


青空球児・好児

 コロムビアトップの弟子。高座を目一杯使ってのアクティブな漫才をする。「ゲロゲーロ」で大ブレイクした。十八番ネタは春の風景「ゲロゲーロ」のほか、さかさ言葉「よもくぼ」などがある。ダミ声の球児は高校時代野球部に所属していたところから芸名がついた。コンビを組む前は様々なグループにいたが、この人が脱退するとそのグループは何故か売れ出すという逸話がある。相方の好児は「ルパン三世」「猿の惑星」と紹介される。かつては芸能人大運動会、水泳大会で毎回、応援団長としてTVにでていたが、現在は演芸場がメイン。平成15年、好児が世田谷区議選に立候補して見事当選した。

青空千夜・一夜

 コロムビアトップの弟子。師匠譲りのゆったりとしたテンポで本格的なしゃべくりの形式と、若干の辛口ネタには定評があった。小太りでメガネをかけていた千夜と、がっしりとした体格の一夜の外見的にも対照的なコンビである。歌手を目指して上京するも全く芽が出ず、トップ門下へ入門した千夜と、自衛隊中央音楽隊に入隊するもすぐにトップ門下へ入門した一夜が昭和35年コンビを組み、NHK漫才コンクールで優勝しその地位を固めた。芸術祭優秀賞を受賞したり、漫才界初の真打ちになるなど安定した実力でがんばっていたが、平成3年千夜が死去。一夜も平成8年に故人となって、いまではその芸を見ることができない。
青空はるお・あきお

 昭和34年コロムビアトップ門下へ入門。昭和42年NHK漫才コンクールで優勝するも、コンビ仲が悪く、昭和46年解散。その後、はるおは「ウイークエンダー」等の三面記事レポーターでレギュラーに。持病の糖尿病をネタにしながらも、池袋の夜の世界では知る人ぞ知る風俗評論家・ライターとして裏の仕事も多く、芸能界1、2と言われている好き者。あきおは本名の横山あきおに戻り、ドラマのチョイ役や「しげの製麺」のCMで現在も見ることができる。


青空ピン児・ポン児

 上方落語家の笑福亭小松が昭和52年に東京進出で漫才師に転向。コロムビアトップ門下で青空ポン児の名でピン児とコンビ結成。しかしあまりパッとせず、5年ほどで解散。ポン児はコアラと改名し、B&Bの弟分としてやっていたが、大阪に戻り笑福亭小松として落語界に復帰。
赤井タンク

 テレビタレントビューロー出身でおもにCMタレントをやっているうち、漫画トリオを解散直後の横山フックと知り合う。自身の巨体と細身のフックとのコントラストを狙い、昭和43年青芝フック・赤井タンクとして漫才コンビを結成。翌年コンビ解消するが、次に喜劇女優の西川ひかると1年間漫才コンビを組む。その後トップホットシアターの"コマ新喜劇"で活躍したが、女優の前川美智子と結婚して芸能界から引退。大阪・天満でスナックを経営しているということである。


明石家小禄

 京都産業大学卒業後、露乃五郎に入門。露の小次郎を名乗るが、笑福亭松之助に再入門し明石家小禄として再スタートを切る。タレント志向が強く、同門の明石家さんまとコンビで阪神・小林投手対巨人・張本外野手の野球形態模写でテレビに出演していたこともあったが、その後、五所の家小禄と改名し落語に精進を重ねている。
明石家さんま

 説明無用。知名度、現在の活躍は言うまでもないだろう。昭和49年笑福亭松之助に弟子入りするも落語よりラジオのパーソナリティやTVのバラエティ番組で頭角を現し、阪神・小林投手の形態模写で不動の人気を得る。落語のできない落語家の先駆者となる。「ブラックデビル」「あみだババァ」「パーデンネン」などのキャラクターを生み出す一方、ドラマの主役も数多くこなす。「男女7人夏物語」が縁で大竹しのぶと結婚するも、5年で離婚。昭和60年以降の時代を代表するマルチタレントとして、幅広い層での人気は高い。



曉伸・ミスハワイ

 昭和15年、暁あきら・南あき子で漫才デビュー。戦後、芸名を暁伸・ミスハワイと改名してからスターダムにのし上がった。浪曲と漫才を合体したところから、ロマンリズムという呼び名で独自の漫才を完成させた。ミスハワイは、ムームー調の衣装で手にヘチマ型のギロを持ち「アーイーヤー」と奇声を発するパターンで当時大人気となり、最近では、カゼ薬のCMで再度脚光を浴びることとなる。
暁照夫・光夫

 男2人で三味線を持つ師弟コンビ。師匠の暁照夫は2代目東洋軒雷右衛門に入門し、昭和26年初舞台を踏む。昭和35年より宮川左近ショウ結成に加わり活躍していたが、宮川左近の死去により解散。弟子の暁光夫と三味線漫才を組む。コンビ結成当初は師匠の脇で影の薄い存在の光夫であったが、舞台慣れによって観客に溶け込むようになり、相方として見劣りもなく、コンビとしての形も完全に確立された。舞台ではしゃべくりで笑いをとるものではなく、主に三味線の演奏で「魅せる高座」を務めている。その縦横無尽の三味線の共演は、もはや芸術の域に達している。


AKIKO

 昭和59年原宿のホコ天でパフォーマンスをしていた13名のパフォーマンス集団"時代錯誤"にいた奈津あつし、河田貴一、伊勢浩二の3人が、時代錯誤解散を機に平成元年コントトリオを結成。グループ名の由来は、あつし・貴一・浩二の頭文字からとった。天才的な動きと押し出しの強さで"ボケ"の奈津、"中ボケ"の河田、"ツッコミ"の伊勢と役割が決まっており、ドタバタコントを展開していた。「ザ・テレビ演芸」の"飛び出せ笑いのニュースター"に登場、高い完成度のコントで5週勝ち抜きチャンピオンとなり、B21スペシャル、ダチョウ倶楽部に次ぐトリオとして期待されていたが、1992年に河田が作家に転向を希望し、解散話が浮上。すったもんだの末、平成4年解散。現在なつは佐藤あつしの名で欽ちゃん劇団の公演等に参加。河田と伊勢は「BOOMER」を結成しライブやTV出演でそれぞれ活躍。


秋田Aスケ・Bスケ

 大阪の布地店に勤務していたAスケが吉本興業に応募し、双子の弟とコンビを組んでAスケ・Bスケとして漫才を始める。当時は戦時下にあったため、当局からの横文字禁止令により"英助・美助"を名乗っていた。しかし戦後Bスケが亡くなったため、昭和21年2代目Bスケと新コンビを結成。昭和26年宝塚新芸座に入ってから秋田実門下の中で、一番最初に人気がでてきた。不仲を噂されながらも軽快なテンポのしゃべくりは近代漫才の祖として現在のベテラン・中堅漫才師の教科書的存在であったと思われる。特にいとし・こいしが現在ネタとしている「こうもり傘の張り替え」はもともとこのコンビの得意ネタの1つである。現在"エテコのBちゃん"で親しまれたBスケは引退して宝塚でお好み焼き店を経営している。弟子に横山ノックなど多数。

秋田実

 昭和期の漫才作家。学生時代より文筆に親しみ、エンタツ・アチャコに紹介されたことが縁で漫才界に関わるようになる。吉本興業の文芸部に在籍し、それまで寄席でのランクが低かった漫才を誰もが楽しく親しみやすいお笑い芸に高めた功績は非常に高く評価された。その一方で多くの漫才師を育て、戦後は宝塚新芸座・松竹芸能で後進の指導にもあたった。晩年は大阪芸大教授などを務め、昭和52年に亡くなったが、上方芸能への多大な功績をたたえ、秋田実賞が制定されるようになった。



秋山見学者

 ビートたけしの弟子で運転手をしていた。「スーパージョッキー」のガンバルマンで活躍する他はあまり目立ったなかったが、「その男、凶暴につき」など一連の北野作品に出演、次第に役者としての露出が多くなる。現在は俳優に転向し、芸名も秋山大学と改名。


秋山右楽・左楽

 昭和初期に活躍した漫才師。昭和元年に秋山道楽の門下となり、兄弟コンビでデビューしたが、右楽が出征したためコンビを解消した。昭和20年、右楽が帰還し夏川左楽と新コンビ結成、兵隊漫才で再デビューした。昭和37年新劇出身の2代目秋山左楽と新コンビを結成したが、左楽が急死。昭和45年、夏川左楽とコンビを復活させたが、結局コンビ解消して引退した。


あきれたぼういず



 戦時中活躍したボーイズバンド。軽快なリズムと当時の世相を風刺したネタで大人気を博した。昭和12年結成。メンバーは坊屋三郎、益田喜頓、川田義雄、芝利英の4人組。♪ダイナダイナはなんダイナ……と川田の虎造節に芝が「チョイトかなえてチョウダイな」とかけあい、坊屋の出番となってポパイ、オリーブ、ディズニーアニメの動物たちの声帯模写、益田のヨーデルが間を縫う。今CDで聴いても新しい。途中芝が戦死し、残った3人に山茶花究が加わり継続。吉本興業所属芸人として活躍するも、川田をのぞく3人が吉本興業を離れる形で脱退し事実上解散となる。残った川田は川田晴久と改名しミルクブラザーズを結成し、また美空ひばりの売り出しにも力を尽くした。益田喜頓は俳優としてミュージカルなどの舞台で活躍。山茶花究は喜劇役者となる。坊屋三郎はボードビリアンとしてボーイズバラエティ協会の会長にまでなる。昨年、坊屋三郎が亡くなりついに伝説のバンドとなってしまった。

アゴ勇

 「ぎんざNOW」の素人コメディアン道場に出演。アゴの長い顔のキャラクターがウケて、清水アキラらとお笑いグループ「ハンダース」を結成。昭和55年に解散するが、メンバーだった佐藤金造(現:桜金造)とコンビを組み「アゴ&キンゾー」で活躍し、「お笑いスター誕生」で10勝ち抜きチャンピオンとなる。しかし、眼の病気で視力が低下し、コンビ解散。現在はドラマやVシネマで脇役として出演する傍ら、かつてのメンバーである清水アキラのコンサートの司会などをしている。


阿吾寿朗

 法政大学中退後、榎本健一の弟子となって森繁劇団や美空ひばり公演、コメディーフランキーズなどで喜劇役者として芝居の勉強する傍ら、しゃくれたあごをセールスポイントとして"あごぼん十"と名乗り、はせさんじと漫才コンビを組む。その後吉本新喜劇に加入し、昭和52年に阿吾寿朗と改名。昭和55年からは女性コンビを解消した今日規汰代と新コンビを結成、阿吾凡十と再度改名し漫才界に復帰した。
浅草キッド

 たけし軍団に所属する水道橋博士と玉袋筋太郎の2人が結成した漫才コンビ。芸名の由来は柴田恭兵がいた「東京キッドブラザーズ」をパロッたもの。TVに出られると思い軍団入りしたが、いきなり演芸場などに修行に出される。そこで漫才の腕を磨き、「ザ・テレビ演芸」でチャンピオンになったり、お笑いライブなどで徐々に高い評価を受けるようになる。正統派のしゃべくりに加え、テンポの速さとナンセンスギャグは現在の若手漫才師のなかでも1,2を争うほどの実力をもっている。平成11年7月に突然、2代目ツービートを勝手に名のり、師匠のビートたけしに対し謀反を起こす。そしてビートキヨシを師匠とする"キヨシ軍団"を結成するも、2ヶ月後には「キヨシに洗脳されていた」と改心し、たけし軍団に復帰。また格闘技マニアとしても有名で、評論家顔負けのコメントをしたり本業以外でもその才能を存分に発揮している。


浅草四郎

 喜劇俳優の沢力夫に入門し、甲斐力三と名乗る。風船座に加わり、解散後ストリップのコメディアンとして幕間のコントをやるうち、姿三平と知り合い、昭和31年漫才コンビを結成。その後岡八郎とコンビを組むが、好評ながらもコンビ解消する。次に杉四郎と改名して杉一平と新コンビを結成し今度は順調に進んでいるように思えたが、昭和43年に自殺を図り、この世を去ってしまった。
あさりど

 堀口文宏と川本成のコンビ。師匠は萩本欽一で欽ちゃん劇団出身。コンビ名は「ほり・なる」「マレンコ兄弟」「あひる」とめまぐるしく改名して、ようやく「あさりど」に落ち着いた。9代目のいいとも青年隊で有名になるが、本業のお笑いでは同じ欽ちゃん劇団出身のTake2に比べるとこじんまりしている。平成12年秋に元ジャニーズの曽我泰久とユニット「The Jokers」を結成。
あした順子・ひろし

 東京のベテラン漫才師。男女漫才であるが赤の他人である。南順子の名でマジックをやっていたが、そのときに後見だった北ひろしとのコントがきっかけで現在の名でコンビを結成した。おもに演芸場専門の芸人であったが、10年ほど前からTVに登場するようになり、抜群の息の良さで本格的しゃべくり漫才を確立、常に安定した笑いをとっている。芸風は常に順子がひろしをおちょくるといったパターンで、たまに順子がひろしを首投げするというネタがあるが、これはプロレス興業のアトラクションに出演して開発したものである。



芦乃家雁玉

 大正・昭和期の漫才師。落語家を志して初代笑福亭吉右衛門に入門するが、大正12年前後、吉本興業に入り、玉子家春夫と軽口の高座をつとめ、大正15年、林田十郎とコンビを組んだ。その芸風はどこかに古風な味を残しつつも時代を見る目を失うことがなく、背広姿での漫才はエンタツ・アチャコにも対抗できた。「もとは役者」「混戦放送局」など傑作は多く、「落ちちょるよ」などの古い唄にも味があった。昭和22年NHKラジオ「上方演芸会」の司会でも有名。昭和33年林田十郎の引退後、都家文雄とコンビを組んだが、脳卒中のため2年後に引退した。弟子に芦屋雁之助がいる。



芦屋雁之助

 戦後、芦乃屋雁玉・林田十郎に弟子入りし、弟の小雁と漫才コンビを結成したが、コメディアンとして「番頭はんと丁稚どん」「てなもんや三度笠」などの関西のお笑い界で人気を博す。ドスの利いた声で脅かしたと思ったら急に「・・・どすえ~」とやさしい口調になり、周りがズッコケるというギャグで笑いをとっていた。その後俳優として活躍する中、昭和59年に発売したレコード「娘よ」が大ヒットする。そしてドラマ「裸の大将放浪記」では山下清に扮し、これがはまり役となった。時代劇やドラマで重厚な演技が光っている俳優であったが、持病の糖尿病が悪化し入退院を繰り返した後、平成16年に惜しまれながらも亡くなった。



芦屋小雁

 兄の雁之助と同様、コメディアンから俳優に転向し、現在も舞台を中心として活躍している。コメディアン時代、子供っぽい声で「ボクらは少年探偵団」などのギャグでマニア受けしているのが印象的であった。舞台で競演した27歳年下の若手女優斉藤とも子と結婚したが3年ほど前に離婚した。俳優業の活動の傍ら、ホラー・SF映画のコレクターとしても有名である。

芦屋雁平

 芦屋3兄弟の末っ子で、2人の兄同様、現在関西を中心に舞台で活躍している。「てなもんや三度笠」では「やややっ」というやはりマニア受けするギャグを連発していた。



東京二・京太

 東京の漫才師。スマートでツッコミ役の京二と栃木なまりでボケ役の京太のコンビでバランスがとれていた。当時実力でもトップクラスで息の長いコンビであったが、なにを思ったか京太のほうから「ピンでやりたい」と言いだし、一方的に解散する。京二の方はしばらく退いていたが夫婦漫才として復活。京太は漫談などでがんばっていたが、結局こちらも夫婦漫才をやりだす。現在も演芸場などでお互い活躍している訳の分からない状態となってしまった。
東京丸・京平

 東京の正統派しゃべくり漫才。そこそこの中堅どころなのに「お笑いスター誕生」や「ザ・テレビ演芸」にチャレンジを繰り返していた。芸風としてはゴマスリをネタとした”ヨイショ漫才”を得意としている。


東五九童

 喜劇俳優曽我廼家蝶五郎に入門し、曽我廼家瓢呂久の名で7歳のとき京都歌舞伎座で初舞台を踏む。後に漫才に転向。松葉蝶子と夫婦漫才で活躍し、"ワンダフルばあちゃん"で売り出す。どつかれてしばらくしてから痛がるギャグやゆったりとした口調で「アラいやだわ」というフレーズが受けた。Wけんじも似たようなギャグを持っているが、この人が元祖ではないだろうか。妻の松葉蝶子が引退し家庭に入ってからは、香島ラッキー、桜はるみ、島川あゆみ、紅田鶴子など次々と相方を変え漫才を続けたが長続きせず、結局松葉蝶子が相方として復帰せざるを得なくなった。晩年は関西演芸協会会長、相談役を歴任し、天王寺村記念碑建立に力を入れた。



東八郎

 浅草のコメディアン。なまりのある話し方から東北出身と思われがちだが、浅草の生まれである。田谷力三にあこがれオペラ歌手になるつもりがフランス座でコメディアンとなる。小島三児、原田健二と「トリオスカイライン」を結成し、トリオ漫才のブームをつくる。昭和46年に解散後はTVのバラエティー番組には欠かせない存在となる。酔っぱらったようなフリで「がんばーれ、強いぞ、僕らのなまか」というギャグは有名であり、団しん也がよくモノマネをしていた。記憶に新しいところでは志村けんのバカ殿に登場する家老役などがある。また昭和56年には「娘たちのバラード」が、結婚式に唄われる大ヒットソングとなった。喜劇役者としてさらに重みが出てくるところで残念ながら昭和63年に急死。なお、Take2の東貴博は東八郎の次男である。

吾妻ひな子

 当初は漫才をやっていたが、昭和39年頃から三味線を使ってのピン芸に転向。「おんな放談」というタイトルで漫談芸域を確立。甘い舌足らずな語り口が特徴。ノンキ節にのせて世相を風刺した高座で人気を集めた。


東富士夫

 昭和21年から棒やビール瓶を使った曲芸を演じ続けていた寄席芸人。高座では一言もしゃべらず曲芸を淡々とこなす。地味であり、玄人受けする印象がある。


汗かきジジイ

 1年位前は、劇団系のプロダクションに所属してそこの芸人兼営業部長かなんかをしていた。給料が入るとその日のうちに使っちゃう、とかいう逸話もある。下ネタやダジャレを連発する芸風を持つ。



足立区バンド

 もとは青山3丁目バンドとして「お笑いスター誕生」などに出演していた南英司をリーダーとするコミックバンド。その後、ビートたけしのバックバンドとして活動。当時メンバーの1人だったグレート義太夫がたけし軍団に昇格。



アダチ龍光

 奇術師。上品な語り口でマジックを披露し人気をとった。まれにウグイスのモノマネや漫談などをやっていたようだが、本職の奇術は評価が高く、昭和46年には、昭和天皇古希の祝いに皇居内でパンと時計の奇術を演じたこともある。

アッパー8

 コント100連発を解散した水島びんとコント・レオナルドを抜けたブッチー武者の2人が結成したコントコンビ。舞台を広く使って動きのあるコントを演じているが、ネタ的にはパッとせず、ひょうきん族「懺悔のコーナー」で神様役をやった武者が以外にもウケ、次第にコンビとしての活動がなくなってしまった。結局解散し、水島はゆーとぴあのホープらと「コントSOS」を結成するも、自然消滅してしまう。現在水島はホープ劇団で活動。武者はスナックを経営。


渥美清

 なんと言っても「車寅次郎」その人である。「泣いてたまるか」や「喜劇○○列車」シリーズなどで主演を演じていても、寅さんがオーバーラップしてしまう。 不良少年として過ごしたが、昭和26年、コメディアンとなり、浅草のフランス座で売れ出す。関敬六、谷幹一とトリオを組むも肺結核で倒れる。復帰後は喜劇俳優となり、多くの喜劇映画の常連として主役を張っていた。昭和43年にTV「男はつらいよ」のフーテンの寅さん役で大ブレイク。寅さんは死んでしまうが、TV局に投書と抗議の電話が殺到し、翌年映画で復活する。映画はこれ以後、毎年盆と正月に上映され、平成8年8月亡くなるまで48作もシリーズ化され続けた。寅さんが見せるテキ屋の口上は、売れない頃、自らの実体験から生まれたものである。亡くなった後に資料館や記念館が続々と建てられ、美空ひばりや石原裕次郎と同じランクに位置づけされているのは国民にそれだけ親しまれていたことを裏付けている。またロート製薬「パンシロン」のCMも強く印象に残っている。

アニマル梯団

 下ネタ御法度の浅井企画が送り出した"下品なネタ"もこなす「おさるとコアラ」の漫才コンビで91年3月結成。高校時代の体育祭のチーム名がコンビ名の由来。登場するときにモンキーダンスの格好で「アニマルーッ!」と客層をつかもうとするが、本ネタではあまりつかみきれていないようで、ここに大ブレイクしない原因があるのかもしれない。笑っていいともにレギュラーで出ていたが、2000年を目前に解散。おさるはバラエティー番組で活躍。平成16年に細木和子のご託宣で“モンキッキー”に改名。一方コアラは三原順子と結婚。こちらも細木和子により“ハッピーハッピー”に改名させられた。

あひる艦隊

 戦前からのボーイズの草分け的存在で歴史は古く、当時はダイナブラザーズと肩を並べていた。昭和34年以降は2つのチームに分裂したが、現在もその看板は残っている。

阿部昇二

 コント55号末期の番組「55号決定版」にレギュラー出演していた。小柄なコメディアンで、海外旅行用の大きめのトランクにすっぽり収まってしまうという特異な芸を持つ。番組ではチョイ役で出ていたが、それでもコント55号の師匠にあたるベテラン芸人であった。



雨あがり決死隊

 宮迫博之と蛍原徹の漫才コンビ。よしもと天然素材のメンバーとして2丁目劇場で活躍していたが、ナインティナインに東京進出で先を越され、ココリコやロンドンブーツにまで追い抜かれていたが、「わらいのじかん」で出演するようになってから東京地区でも認知され始め、宮迫の自虐的一人ツッコミや蛍原の”しゃべっとるがな”のギャグでようやく東京のお茶の間に浸透してきた。



アメリカザリガニ

 柳原哲也と平井善之の漫才コンビ。元々は5人組のユニットだった。この名前は国名と動物名から取ろうとしてこれになったらしい。他の候補としては「インド象」などがあった。柳原はその特徴のある声から声優としても活動している。平井の母は元モデル。互いのテンションのアンバランスさが逆に強みになっており、うまいこと二人のキャラクターが生きている。コント・漫才どちらを演じてもそつなくこなすが、バラエティーでは漫才ををやっているときよりもややパワーダウンしている感は否めない。


綾小路きみまろ

 高校卒業後、アナウンサーを目指して鹿児島から上京。大学に入ったものの、学費稼ぎにキャバレーでのアルバイトの日々。あるとき急病で出勤できなくなった先輩司会者の代わりに司会を務めたが予想以上の出来で、それ以来司会を任されることとなる。しばらくするとその巧妙な司会が業界で評判になり、引き抜かれて歌舞伎町・風林会館内の「ニュージャパン」とクラブをかけもちしたこともあった。しかし時には司会、漫談で一言多くて客からオシボリを投げられたこともあったという。「歌舞伎町は青春の勲章。でも、キャバレーは肥やしが効き過ぎて立ち上がれなかったね」と笑う。きみまろブームの下地は30年の下積み時代にあった。キャバレーの司会業をステップとして芸能界に進出。芸名の由来は、ラッキーセブンのコントでポール牧が演じるキザなキャラクター"綾小路きみまろ"の名を勝手に拝借したことによる。森進一の専属司会、歌謡ショーのゲスト時代もあった。寄席に出たくて2年前にあこがれの鈴々舎馬風に入門。50歳で寄席芸人としてメジャー進出。「間の取り方をみっちり勉強した」。高座が終わるまで師匠を待つ姿勢には、感謝と報恩の気持ちがこもる。今年の正月、45分間しゃべりっ放しのCDアルバム「中高年に愛をこめて」がオリコンのベストテン入りして80万枚突破。苦節30年の芸人がようやく花開いたが、ネタの一部が第一生命のサラリーマン川柳から盗作であったことが発覚。また同時にカツラ疑惑も取りざたさ、本人は盗作の事実とカツラを素直に認めた。芸人にとっては致命的なスキャンダルだが、会見での謙虚さや関係者への謝罪など早めの対応がマスコミ・お茶の間に好感をもたれ、芸人としての「一命」をとりとめる。ブームはやや醒めた感があるものの、依然として中高年層の人気は根強い。



荒井注

 ハワイアンバンドなどを経ていかりや長介率いるザ・ドリフターズに加入。キーボード担当。ガラの悪さとハゲをセールスポイントとして人気を確立。「なんだバカヤローッ」「ディス・イズ・ア・ペン」のギャグは流行語となるほどの大ヒット。昭和49年に「体力の限界」を理由にドリフを脱退、芸能界も引退するが、翌年「時間ですよ昭和元年」で復帰する。以後は俳優としてTVドラマで活躍。30歳以上年下の奥さんをもらうなどワイドショーに話題を提供することもあった。99年末にはフジカラーのCMで古巣のドリフターズメンバーと共演したものの、翌年2月に帰らぬ人となってしまった。



あらんどろん

 女性3人のコントグループ。メンバーにもときあつ子、南流石がいた。演芸番組に出てもどちらかといえばアシスタントに近いものがあり、本業のコントではあまり印象がない。

有島一郎

 喜劇俳優。地元名古屋で軽演劇の世界に入る。舞台活動で学んだコミカルな演技は東宝の「社長シリーズ」には欠かせないキャラクターとなる。一見、大学教授を思わせるスマートな風貌ながら、きまじめで小心者でそこはかとないペーソスを漂わせる役柄を生かした人情ものを得意としている。晩年は人のいいおじいさん役などで渋くかつ、穏やかな演技で親しまれていた。



アリtoキリギリス

 石塚義之と石井正則の2人が結成した若手のコントグループ。派手さはないが、シュールなコントで知名度・人気度ともにじわじわと世間に浸透してきている。「ボキャ天」でおなじみだが、石井のまじめな受け答えには人呼んで"お笑い界の公務員"。リクルートスーツが異様なまでによく似合うのも彼らの"芸"の隠れたセンスなのかもしれない。また石井はそのキャラクターがうけてドラマ「古畑任三郎」で西園寺刑事役として出演したが、以外にもその演技力で高い評価を受けていた。さらに元VERSUSの亀村愛と結婚したが、昨年夏に離婚していた。



アルカリ三世

 劇団(怪人社)で知り合った添野豪と坂本泰章のコントコンビ。コンビ名の由来は二人の性格が正反対ということから「アルカリ」「酸性」から添野がつけた。NTV「進ぬ!電波少年」内の「東大一直線」で前任者がリタイアしたため後釜として坂本ちゃんに白羽の矢が立つ。初めは小学校低学年の問題すら満足に回答できなかったが、猛勉強の結果、日本大学に合格した。坂本ちゃんのオカマチックなキャラクターもうけ、一躍有名になる。一方、添野も「電波少年的インターポール」に起用されたが、こちらは今ひとつ盛り上がらなかった。結局ひっそりとコンビを解散し、現在坂本ちゃんはバラエティ番組などで活躍している。

アンガールズ

 山根良顕と田中卓志のモデル体型の長身コンビで、やや虚脱感のあるコントで「エンタの神様」に出演し人気が急上昇した。ショートコントも得意な持ちネタの一つである。コンビ名の由来は田中が「なよなよしてるから、~ガールズにしよう」と提案したところ、山根が「女じゃないから」と否定の「UN」をつけた。淡々とした山根のボケに、理屈をつけた田中のねちっこいつっこみが妙な味わいを出している。


アンクルベイビー

 腹話術コントを得意とするコンビ。漫才、コントと言うよりはヴォードビル的要素が強い。

アンジャッシュ

 児嶋一哉と渡部建のコントコンビ。スクールJCA1期生。コンビ名はJ(joy、喜び)A(angry、怒り)S(sad、悲しみ)H(horry、楽しみ)、つまり「喜怒哀楽」それぞれを英単語にしたときの頭文字に二人が無表情なので否定の接頭語「UN」をつけた造語。当初は「UN-JASH」としていた。派手さはないが、日常生活における勘違いを描写したコントで笑いを表現している。オンエアバトルで評価が高まり、「エンタの神様」ではレギュラー格としてコントを披露している。



アンタッチャブル

 山崎弘也と柴田英嗣のコンビ。スクールJCA3期生。山崎は野球部出身。コンビ結成時、「シカゴマンゴ」という名前にしたが、初ライブ直前に山崎が勝手に改名した。柴田の激しい切れツッコミと、淡々とボケていく山崎との調和が実に取れている。漫才を主体とするが、コントもそつなくこなす。柴田はインフォシークのCMで貧弱な覆面レスラー役で出演していた。平成15年のM-1では敗者復活から決勝進出するなど実力が認められ、翌年は優勝候補の呼び声通り、見事優勝を飾った。


アンラッキー後藤

 漫才コンビ”アンラッキー”解散後、漫談に転向。漫談というよりもボヤキトークというほうが正しいかもしれない。必ず「相方募集中」と書かれたスケッチブックを持って登場する。芸風はタレントの悪口などをネタに最後は大声で絶叫するオチ。携帯電話のCMでともさかりえの友人の役で出ていたが、個性が殺されてしまってややもったいないような気がする。お笑いライブなどに出演はしていたものの結局引退し、現在は出版社でOLとして勤務している。

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投稿者: 日時: 2007年02月14日 21:53 | パーマリンク |TOPページへ   ▲画面上へ

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